オンラインセミナーレポート「サテライトオフィスから広がる新しい働き方」
"サードプレイス"から大きな可能性が生まれていく
2022年10月21日、キャリアシフト株式会社代表取締役であり、総務省委嘱テレワークマネージャーを務める森本登志男さんによるオンラインセミナーが開催されました。テーマは「サテライトオフィスから広がる新しい働き方」。マイクロソフトでの16年間の勤務、佐賀県の最高情報統括監(CIO)への就任など、さまざまな経験をもとに、テレワークとその実践場所であるサテライトオフィスの「現在形」を語り尽くしました。コロナ禍収束の兆しが見えつつある今、その先に広がっている"新しい働き方"の可能性とは?
在宅勤務だけがテレワークではない。今や多様な方法を使い分ける時代に。
「コロナ禍になってからのこの3年間、テレワークを実践してみていかがでしたか?」。4K品質の映像配信や3Dプリンターといった最先端機器を備えたスタジオを舞台に、森本さんのオンラインセミナーはこんな問いかけから始まりました。ご存じのとおり、テレワークは新型コロナウイルス感染拡大防止のために国や東京都が推進してきた働き方。ところが森本さんはこれまで、「導入が難しい」という企業の声を多く耳にしてきたのだそう。そこには「テレワークとは在宅勤務のことだ」という"誤解"があると言います。その理由を、総務省の「令和3年通信利用動向調査」を元に語りました。
「2021年までにテレワークを導入した会社は全体で51.8%。たとえば情報通信では100%に近い数字ですが、建設業や製造業など場所にとらわれる仕事では60%弱となっています。また、地方と都市圏でも差がありますね。そして導入したテレワークを種類別に見ると、多くが『在宅勤務』で、『サテライトオフィス』は導入がもっとも進んでいる首都圏でも11.4%しかありません。まだまだ利用率が低い状況です」
テレワークが利用困難な理由としては「ルールや制度が整っていない」「文化や習慣を変えられない」といったことを挙げる企業が多く、テレワークへの理解不足ゆえの"食わず嫌い"で導入されていないと言います。テレワークには在宅勤務だけでなく、職場とは別の場所に設けられた場所で働く「サテライトオフィス勤務」や、モバイル端末を利用して場所を問わず仕事する「モバイルワーク」があるにもかかわらず、在宅勤務のみにとらわれた固定観念から生まれている状況だというのが森本さんの考え。その一方で、テレワークを実践した側も、実践していく中でさまざまな課題を感じたのではないかと問いかけました。
「多くの方が生まれて初めてテレワーク、主に在宅勤務を経験したと思います。ひとり住まいの方は自室で多くの時間を過ごすことになって閉塞感や孤独感を感じた、プライベート空間を会社の人に見られてしまう抵抗感を感じたという話もよく聞きました。また、家族で住んでいる方は、オンライン会議が夫婦で重なったときなどの執務スペースの問題や、自宅にいることでちょっとした用事を頼まれるため仕事の効率が悪くなったという感想も耳にしました。オンライン会議中にペットの姿が映ってしまったりということもあったでしょう。その他、オフィスと比べて通信環境が整っていないという不安や不便さも感じたことと思います」
さらに、カフェなどでモバイルワークを行う場合には、情報漏洩のリスクや、オンライン会議、電話での応対が難しいという問題もあります。このようなさまざまな課題は、サテライトオフィスの利用によって軽減されるはずだと森本さんは言います。
「もちろん、サテライトオフィスが自宅近辺になかったり、近所にあっても法人契約のみだったりということもあるでしょう。また、利用料が高かったり、使いたいときに空いているとは限らないといったこともあります。今後は在宅勤務のみでなく、サテライトオフィスの利用を含めたいろいろな方法を組み合わせて、その日の業務内容やプライベートの都合に合わせて使い分けることが可能な時代になりつつあるのではないかと思っています」
これからのテレワークは、「サードプレイス」の活用が重要に。
次に森本さんが取り上げたのは、サテライトオフィスの現状について。コロナ禍が始まった2020年から世界的にも右肩上がりに施設数が増えており、東京においても同様の傾向があるのだそう。「フレキシブルオフィス市場調査2022(ザイマックス総研)」によると2014年には89軒だったコワーキングスペースが現在は1000軒近くになり、都心に集中していた立地も周辺部に広がりを見せていると言います。こういった普及しつつある"サードプレイス"のあり方について、森本さんはかつて勤務していた企業・マイクロソフトを例に語りました。
「マイクロソフトの本社はアメリカ・ワシントン州の広大な森の中にあります。私もここに2年間ほど勤めました。敷地内にビルが点在し、会議をするときにはマイクロバスで移動したものです。また、役職者でなくても個室がひとりずつ与えられていましたが、最近は脱個室、かつ場所にこだわらない働き方にシフトしていると聞いています。品川にある日本法人のオフィスも、固定席を持たないフリーアドレス制を日本でいち早く導入し、フレキシブルなオフィスのショーケースとして社外からの見学ツアーを積極的に受け入れています。アメリカと日本を比べたとき、一般的にはその違いは広さにあります。日本は自宅もオフィスも狭いですから、その中での働き方として、自宅でも会社でもない"サードプレイス"の活用の重要性は高いと思います」
サテライトオフィスやコワーキングスペースの活用は、日本でも先進的な企業でワークライフバランスなどのためにコロナ禍前から行われていた取組でした。そこにコロナ禍以降は感染拡大防止という目的が加わったものの、当初は先行きが不透明だったため、企業が本腰を入れて対応するケースは多くありませんでした。しかし状況が長引く中、2021年には在宅勤務をしやすいように自宅をリフォームしたり、郊外に引っ越しをする人が出現し、休暇や旅行での滞在先で仕事をする、いわゆる「ワーケーション」も増加。同時に、企業が賃料の安価な郊外や地方にオフィスを移転したり、面積を縮小するという動きも出てきました。
「そして今年、2022年に何が起こっているかというと、ひとつはコロナ禍前と同じような、出社を基本とした働き方への回帰です。その一方、経営上のメリットに気づいてオフィスとテレワークの両方を活用しようという企業も非常に増えている。そこまで規模が大きくない企業では、固定オフィスをなくすという決断に舵を切る会社もあります。コロナ禍が収束に向かいつつある中、いろいろな働き方のパターンが生まれています。そこで重要性が高まってくるのが、サテライトオフィスやコワーキングスペースといった『サードプレイス』なんです」
コワーキング施設の活用は、日本のテレワークの課題を解決しうる。
では、具体的に"サードプレイス"にはどんな種類があるのでしょうか?森本さんはコワーキングスペースを、アクセスが良く法人会員のみを対象とした「スタンダード型」、高級感のある空間やサービスを売りにした「エグゼクティブサロン型」、デザイン性を重視し交流機能も備える「クリエイターサロン型」、多様な付加価値を持たせた「スタートアップ支援型」の4つに分類。さらに、地方におけるコワーキング施設を「首都圏の支店型」「地方都市型」「ワーケーション型」「移住・二拠点居住型」にタイプ分けして、それぞれのターゲットとなる顧客層や実際の施設を解説しました。実際の事例として、都心でテレワークを取り入れコストを削減した会社、北九州市でコワーキングスペースが発展しまちづくりを行う主体となった施設の例を挙げ、さらに今回のオンラインセミナーを開催した「TOKYOシェアオフィス SUMIDA(TSO)」にも言及。
「TSOは、行政が古い建物をリノベーションして生まれた施設です。私が課題として挙げた利用料金や席数といった点でも利用しやすく、『クリエイターサロン型』の感覚も備えています。渋谷にあるIT企業では、社長や社員の自宅とオフィスの中間に位置するTSOで週3回程度集合して仕事をしているという話を利用例として聞きました。自宅だけでは閉塞感や孤独感がありますし、都心に毎日通勤するのも混雑や移動時間の面で負担が大きいですよね。その中間地点で定期的に集まり、チームメンバーと対面でコミュニケーションを取るという働き方は、これからのコワーキングスペース活用の好事例だと思います。今後のテレワークにおいて、さまざまな手段を使い分けるための良いヒントになるのではないでしょうか」
そして、国や自治体がテレワークやワーケーションの活用を後押しすることで、東京一極集中を緩和し地方の疲弊した環境を回復させようとしていること、2020年に東京の人口が前年比で減少したことなどに触れつつ、オンラインセミナーはいよいよ本題に入っていきます。
「TSOは、行政が古い建物をリノベーションして生まれた施設です。私が課題として挙げた利用料金や席数といった点でも利用しやすく、『クリエイターサロン型』の感覚も備えています。渋谷にあるIT企業では、社長や社員の自宅とオフィスの中間に位置するTSOで週3回程度集合して仕事をしているという話を利用例として聞きました。自宅だけでは閉塞感や孤独感がありますし、都心に毎日通勤するのも混雑や移動時間の面で負担が大きいですよね。その中間地点で定期的に集まり、チームメンバーと対面でコミュニケーションを取るという働き方は、これからのコワーキングスペース活用の好事例だと思います。今後のテレワークにおいて、さまざまな手段を使い分けるための良いヒントになるのではないでしょうか」
そして、国や自治体がテレワークやワーケーションの活用を後押しすることで、東京一極集中を緩和し地方の疲弊した環境を回復させようとしていること、2020年に東京の人口が前年比で減少したことなどに触れつつ、オンラインセミナーはいよいよ本題に入っていきます。
「先ほど東京の人口が減少したと話しましたが、ではどこが増えたのでしょうか? それは、東京に近い関東近郊でした。つまり、本社への通勤という現状を維持しながら、在宅勤務や都心から少し外れたサテライトオフィスでの勤務を社員が柔軟に選択できるようにすることで、会社・社員の双方にメリットがある働き方への移行が緩やかに進んだということです。本社機能を地方に移転したり、首都圏と地方で社員が二拠点居住・勤務したりといった大きな変化を起こさずとも、東京一極集中の緩和はできるんです。都心ではなく東京都の周縁部にあるTSOにも、課題解決の一端を担える可能性があります」
そのための具体的な方法として森本さんが提示したのは、従来は1泊2日の社員旅行などの形で行っていたチームビルディングを、都会から少し離れたサードプレイスで「半日」で行うこと。午前中はオフィスや自宅で仕事をして、午後はサテライトオフィスに集合。そこで会議などを行い、夕方からはみんなで食事をしたり、観光に出かけたり......。こうすることで、プライベートな時間を犠牲にすることなく、仕事の効率を保ちつつチームコミュニケーションも行えるのではないかというのが森本さんのアイデア。そしてセミナーの最後は、次の言葉で締めくくられました。
「テレワークを利用した働き方は人それぞれです。地方に移住する人もいれば、都心に居住したい人もいます。ただ、実際に体験してみなければわからないことも多いものです。たとえば私は今、北海道の旭川市役所のCDO(最高デジタル責任者)として月に何日か滞在しています。寒さを覚悟していたのですが、防寒対策をしっかりすれば冬でも問題なく過ごせるんです。一方で地方に根を下ろして生活し始めると、買い物の不便さや人間関係の濃密さという都会との違いに馴染めない場合もありますから、本格的に移住する前に、国や自治体が提供している無料や格安の体験制度を利用して、お試しされることをおすすめします。都心に居住する方には『ハイブリッドワーク』がおすすめです。これは、オフィス出社はゼロにせず、その日のタスクやプライベートの都合に合わせ、在宅やコワーキング施設など、働く場所を柔軟に使い分ける働き方です。いずれにしろ、都心であれ地方であれ、今、フレキシブルに働ける環境はどんどん整っています。今後、コロナ禍が収束したあとも、すべてをコロナ禍前に戻すのではなく、会社や個人に合った働き方を目指していただきたいですね」
多くの人が集えば、そこから新しい可能性が生まれていく。
オンラインセミナー後には、視聴者からの質問に答える時間も設けられました。最初の質問は「企業がテレワーク導入後に留意するポイントは?」というもの。これに対し森本さんは「制度を使いやすい雰囲気をつくること。経営者やリーダーが率先して活用することが重要です」と回答。まずは「フレキシブルな働き方を認める組織風土づくり」が大切だと語りました。
次に挙がった「自分に合ったサテライトオフィスを見つけるにはどうすればいい?」という質問には、「先ほど説明したコワーキング施設の『ターゲット層』を確認し、自分に当てはまるカテゴリから探してみるとしっくりくるでしょう。また自分と同じような働き方・職種の方の口コミも有効だと思います」とアドバイス。参考資料として、たくさんのコワーキング施設の分類がまとめられた「カオスマップ」を提示しました。ちなみに森本さん自身は、東京だけでなく地方でもコワーキング施設の会員になっているほか、ときには空港に早めに移動してラウンジに附設している個室でオンライン会議を行うなど、スケジュールや都合に合わせて最適な場所や施設をフレキシブルに活用しているそうです。
そして最後は「今後、サテライトオフィスの展開や機能はどのようになっていくのか」という核心を突いた質問。森本さんの答えは、都心から県庁所在地へ、さらに地方へという順番でコワーキングスペースが拡大していくであろうということ。まず東京から地方へ出張するビジネスマン向けの需要が高まり、続いて地元の人が使うという循環になっていくだろうと話しました。また、たとえば地元への里帰り出産などでは、女性だけでなく夫も同行して数か月リモートワークを行うというようなニーズも出てきているそうです。そして最後に語られたのが、コワーキングスペースのこれからの機能や可能性について。
「これからは、会社のオフィスだけでも自宅だけでもなく、『サードプレイスをいかに活用していくか』でしょう。今後、施設が増えていけば、利用する人もより増えていく。すると、仕事をする場所や施設としてだけでなく、人やビジネスの交流が生まれる場となっていきます。今回お話した北九州市のコワーキングスペースの事例のように、単にコワーキング施設としての場所の提供だけでなく、地域のまちおこしや経済活性化の起点になるような『新しいあり方』を期待しています。コワーキングスペースは非常に大きな可能性を秘めていると思います」